今更、「AWSなのに、エモい」の読書感想文

この記事は「Qiitadon Advent Calendar」の2日目の記事です。

なお、1日目はこの記事を書いている時点では誰もエントリーしておりませんでした。

思いつきでアドベントカレンダーを立ち上げるからこうなるのである。


そしてさらに厄介なことに、立ち上げた当人がそこまでQiitadonにまつわるネタがあるわけでもなかった。

「とりあえず楽しそう」という安易な気持ちが、いつも自分の首を締めるのである。

なので私は改めて、ほぼ躁状態で書いたであろう「Qiitadon Advent Calendar」の説明文を読み直した。

明美(Qiitaファンミーティング(非公式含む))、大喜利、お勧めクライアント、ROM専の方の自己紹介、ポエム、カーテン、エモい話、Qiitadon説明書やQiitadonの皆さんに助けられましたなど。どうぞ。

カーテン、エモい話

明らかにある人物を意識している文節がある。かろてん氏だ。

そしてかろてん氏に頼まれていた宿題を、全くやっていなかった。
「書評」である。

ということで、この記事を書くために先程「AWSなのに、エモい。」を読んだ。


主人公の「透(すける)」がAmazonの運営している施設で1枚のフロッピーディスクを拾ったところから物語は始まる。全ページで87ページくらいなので、なにか大切な気持ちを失いかけていたAWS利用者は読むと何かが思い出せるかもしれない(著者はそれを「エモい気持ち」と称しているが)。

サーバーというものが私達の身近で物理的に存在を感じれるものではなくなってから、思ったより時間が経っただろう。

コマンドを叩けば――もしかするとブラウザの画面からマウス操作で――AWSのインスタンスやリソースを操作できるこの時代、そこまでHTTPやTCP/IPのことを分かっていなくても、つまりそのコマンドが何を意図して伝達されるのかなぞ、意識しなくてもいいのかもしれない。

たとえそれが、中で誰を幽閉していたとしても、もしくは古代の文明の力で動いていたとしても、オペレーターが知る必要が無いのかもしれない。
この「AWSなのに、エモい」は、そういった皮肉を、とてもうまく物語としてまとめているのである。

全体としても分量は多くないものの、読後感はむしろ清々しいのがこの物語の強いところである。
もちろん、巻末には解説が載っているので技術書の体裁をしている。

大人になって忘れてしまった気持ちを取り戻せる技術書である。エモい。


まんじゅ(´ん`)@CoderDojo駄Mentor

CoderDojo Sapporo/Sapporo East の駄メンターです。 子どもたちにオープンソースソフトウェアの布教をしています。

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